大阪・生と死を考える会 分科会:大阪・ひまわりの会
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講演抄録や、これまでに発行した記念誌、会報より読み物を抜粋して掲載しております。
「告知を通して患者さんから学んだこと」
PL病院外科部長 中尾照逸さん
定例会より
2005年10月8日
本日は、天候の悪い中足を運んで頂き有難うございます。
この度、芸術生活社から文庫本「泣いて笑って生き抜いて」を出版致しました。この本は、掲載を快く許してくださった患者さんやご家族の勇気と看護師さんの詳細な看護記録から生まれた本です。今日の話もこの本に出ていますので、興味が湧けばお買い求め下さい。
本日は、患者さんへの告知を通して患者さんから教えられた事を中心に医師と患者のありようを考えてみたいと思います。
まずは告知の歴史です。19世紀の英国では当然のごとく病状が本人に伝えられていました。また、当時のドイツでは、フーフェラント医師が病名や病状を伝えることは、患者の生きる希望を削ぐことになるので倫理上好ましくないと提唱しました。明治維新前後の日本では、ガン性腹膜炎を患っていた山岡鉄舟が武士の文化である辞世の句を残しています。この様に、告知をしなくなったのは、わずか100年前頃からであり、医師と患者の持つ情報量の差が大きくなった為の医師の驕りから生じたパターナリズムに基づく習慣と言えましょう。
これは51歳の男性で胃ガンを患ったKさんの写真です。本の中では〈今日もありがとう〉という話の中に出てきます。食後に食べ物を吐いてしまうという幽門狭窄症の症状で手術を受けたのですが、すでに骨盤腔内に播種性転移を起こしていました。術後、食事が始まって間もない頃、奥さんがKさんに病状を伝えました。その日の夜にKさんは「どうして、メスですべてのガンを取り除けなかったのでしょうか?」と僕に質問をしてきたので、図を描きながら詳細に病状を説明しました。
1年後に黄疸で再入院した時に、ご夫婦で面談を希望されたKさんから「独り言で良いですから、あちらを向いて私の余命をささやいてください」と頼まれました。それまで、進行ガン患者さんに余命をお伝えしたことがありませんでしたから、しどろもどろになって「胃ガンの再発で入院された患者さんはだいたい3ヶ月ほどで鬼籍に入られることが多いですね。しかし、お一人お一人の生命力が異なりますので正確なところは分かりません」と答えました。
この面談を終えて、Kさんは娘さんの結納を済ませ、息子さんとの感情のもつれを解き、友人に家族の行く末を託して9ヶ月後に亡くなりました。
Kさんの死後3ヶ月目に、奥さんを病院へお呼びしお世話に当たった医師、看護師で茶話会を持ちました。僕が「ご主人に病名や病状を伝えられたのは何故ですか?」と問うと、奥さんは「結婚して以来、お互いに隠し事なく過ごしてきました。主人の病気という我が家で最大の難事だからこそ、自分一人で対処するのではなく、主人に相談して取り組もうと考えたのです」と答ました。また、スタッフが「ご主人を看取られた時どのように感じられましたか?」と聞きましたところ「主人はなすべき事は残さず手を打って亡くなったので、祖父を看取った時と同じように、あたかも老衰で去っていった感じがしました」と教えてくれたのでした。
 進行ガンや末期状態でも患者さんが希望すれば病状を伝える大切さをKさんから学んだ平成8年以降、外来初診時に全ての患者さんに告知希望のアンケートに答えて頂くようにしました。
平成8年当時は約9割の患者さんが告知を希望されました。この割合は男性も女性も等しく、65歳未満の人たちも65歳以上の高齢者も同じ傾向でした。それから6年後の平成14年になって性別の有意差はないものの、65歳未満の患者さんの96.6%が告知を希望するようになり65歳以上の83%と有意差をもって高い割合を示しました。つまり、情報社会が進むと共に、若い人たちが一層の情報開示を求めるようになってきた訳です。
 告知はそのノウハウを知れば誰にでもできるというものではなく、医師と患者の一対一の真剣勝負の様相があります。プライバシーを保てる場所を用意し、家族と一緒に病状を聞いてもらう。本人の求める度合いに応じて、ゆっくりと言葉を選びながら平易で親身な語り口で病状を伝える。できれば、本人が自然と自分の置かれた状況を理解し言葉に出して納得し、わずかにでも希望を持つことが出来るように知らせることが理想的な告知と考えます。
 次に、乳癌患者であるYさんのお話を紹介いたします。本の中では〈海の癒しをいっぱい受けて〉という話の中に出てきます。30歳代と若く独身でもあったYさんは、左の乳腺にしこりを感じ私たちの病院を受診し、精密検査の結果乳癌との診断を受けました。「ガンの広がりから乳房温存手術より乳房を切除し筋肉を残す胸筋温存手術が適切でしょう」と外来担当医から説明を受けたYさんは、セカンド・オピニオンを求める方法も考えましたが、最初から検査を受けなおすには時間がかかりすぎると判断し私たちの病院で手術を受ける決意をしました。
 手術も無事終了し、退院を迎えたYさんはアンケート用紙一杯にインフォームド・コンセントに関する思いを書きました。《患者が納得して選ぶ治療を意味するインフォームド・コンセントですが、患者は時間がないのです。医師はそこを理解して分かりやすい言葉で、患者が選択しやすいような資料を用意してほしい。たとえば、「良性腫瘍はガンとは言わない」など》
 このYさんの懸命な訴えは私たちが、その後患者さんに説明する上でとても参考になりました。
 次は胆嚢ガンのSさんのお話です。本の中では〈希望という名の灯火を見つめて〉という話の中に出てきます。Sさんには小学生の息子さんがいました。進行した胆嚢ガンによる腹水でお腹が大きく腫れ再入院した時に、修学旅行先の息子さんから手紙が届きました。その手紙には「お母さん、僕がプロのサッカー選手になるまで死ぬなよ。楽させてやるからな」と書いてありました。大事な手紙を枕元に置き、Sさんは「息子が成人するまでは頑張ります」と看護婦に言うのでした。
 僕は、病名も病状もそして残された命に限りがあることもSさんに伝えてあるのに、何故そのような話をするのだろうとSさんの深い思いを推し量ることが出来ませんでした。
 Sさんが亡くなった後に、キューブラー・ロス博士が示した告知後の心理過程の図を良く見直しました。人はガンと告知されてから、否認→怒り→取り引き→抑鬱→受容と死が近づくにつれ気持ちが移り変わっていくのですが、その間ズーッと《希望》を持ち続けて過ごすものと図示されていることに驚きました。Sさんは病状をしっかりと把握しながらも、万が一の奇跡を信じて息子さんの成長を待っていたのだと理解することが出来たのでした。
 私たち医療に携わる者も、患者さんと共に《希望という名の灯火》を一緒に見つめ心寄り添いつつ歩んでいかねばと思いました。
最後に盲腸ガンのKさんのお話をします。本の中では〈じいちゃん、やせたなー〉という話の中に出てきます。
Kさんは静かな初老の方で、ビール1杯で宴会の華になる楽しい面も持ち合わせていました。元気な頃は、奥さんと山寺巡りを楽しむ仲睦まじいご夫婦でした。
盲腸ガンの術後、家族の要望に添ってご本人には「腫瘍は取り切れた」とご家族には「再発の恐れがあるほど進行していた」と担当医から説明がありました。
長男から北陸への温泉旅行をプレゼントされ、ご夫婦で出かけました。旅館のスイートルームで「もう治った」とくつろぐKさんの横で、奥さんは笑顔を見せつつ心で泣いていました。
 手術を受けて1年半ほど経過し、肝臓や肺への転移が現れたKさんは、すぐれない体調に疑問を抱き「病状を説明してほしい」と僕の外来を受診しました。ご家族も同席した上で病気の経過を説明し納得してもらいました。
ご家族は最初のうちは告知をした僕のことを恨みもしましたが、Kさんは病状を知った後の方がかえって心の落ち着きをみせ、在宅ホスピスケアを望みました。
 自宅には大好きなお孫さんがいて、「じいちゃん、やせたなー」とKさんの腕をさするのでした。Kさんは「おじいちゃんは病気に負けないよ」と笑顔で答えるのでした。
 夫婦二人になると、Kさんは奥さんに「いつかは一人が残ることになるのだから、残ったほうは頑張ってしっかり生きていかなあかんよ」と話しかけ、うなずき見詰め合って涙を流すのでした。しかし、二人の気力は失せることはありませんでした。
 亡くなる日にKさんは「ありがとうよ、ありがとうよ」と家族に感謝の言葉を残して息を引き取りました。
 愛する人を失うということは深い悲しみを伴う危機的な出来事ですが、Kさん
ご夫婦は喪失を予期して嘆き悲しむという予期的悲嘆の経過を誰から教わるわ
けでもなく自然とたどったのでした。この過程を踏んだおかげで奥さんの喪失感
は長くは続かず、ご主人の言葉通り前を向いて歩み始めたのでした。

 ロンドンからバスで2時間ほど北西に行くとストラトフォード・アポン・エイボンという中世の面影を残した田舎町に着きます。その町のはずれには文豪シェイクスピアが埋葬されているホーリー・トゥリニティー・チャーチがあります。シェイクスピアは52年の生涯に、37編の戯曲と5編の詩を作りました。
彼が現代に生きて、ガンの告知を受けた人々がそれぞれに個性豊かに生き抜く姿を見れば、100篇の戯曲も容易に著したのではないかと思われます。
彼の作品の中に「終わり良ければすべて良し」という戯曲があります。私たち在宅ホスピスケアにたずさわるものとしては、〈いろいろと嫌なこともあったが最後に出会った人たちが温かく接してくれて良かった〉と、患者さんが自分の人生に納得して終止符を打ってくれればこれに越した喜びはありません。
ご清聴有難うございました。






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