大阪・生と死を考える会 分科会:大阪・ひまわりの会
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講演抄録や、これまでに発行した記念誌、会報より読み物を抜粋して掲載しております。
「看病用心鈔」を通して─大崎信久氏(お寺の出前の会)
会報14号より
2001年10月25日発行
 ぼくが生まれる少し前、おじいさまは55歳で人生を終えた。現在はお浄土からぼくたちのことを看護って下さっている。〈南無阿弥陀佛〉。生前、もっとも肝臓がんの末期に至っては、衰弱して起き上がれないはずの体にもかかわらず、激しい痛みのあまり思わず立ち上がってこらえたという。悔しいが想像を絶する痛みであっただろうということしか、ぼくには解らない。
 平成元年冬、祖母がぼくの両親に抱かれるようにしてお念仏の中で息を引き取った。あとでお骨をひとつずつ拾い上げるとき、真っ白で美しく輝いているのに感動したことを今も忘れられない。その年の春にぼくは僧侶になるべく宗門の大学に籍をおいていた。そのころから生きることについてや「僧侶として看取りとか看病、どう死をむかえるか、そのお手伝い」などということに強い関心を寄せるようになった。

 頭を丸めて僧侶の見習いを始めたのは12年ほど前になる。そのころ脳死や臓器移植の是非について盛んに問う社会になっていた。寮生活だったので翌朝が早いのを承知で、臓器移植法がまだできていなかったこともあって、連夜遅くまで語り合ったことが思い出される。
 そんなことをしている最中に出会ったのが『看病用心鈔』だった。ぼくはこれをテーマにして卒論を書くことにした。所属していた学部が仏教学科だったので、論文を展開するには拠り所となる仏教経典がなくてはならなかった。当時はこれを知る人はほとんどなく、原文を紹介するだけでよかった。今から思うと、ぼくが書いたものは論文ではない。それでも無事に卒論を書き終え提出して、学び舎をあとにした。
 その後、1年間自主的に山に入る。表現は大袈裟かも知れないが社会との断絶をはかった。そこは蛍光灯以外の電気製品は一切使用不可という環境だった。外からの情報といえば新聞くらいしかない。限られた時間を随分と新聞に費やした。新聞を食い入るように眺める中で「もう一度やりなおそう」と考えた。残念ながらどんな記事を見てそう思ったのかは覚えていない。とにかく今度は、前回の足らない部分を補うために『看病用心鈔』を読みながら何か実際に行動してみようと思った。幸いにもいく人かのお出会いを通じて病院や施設の実習・見学の機会が与えられた。これも「佛さまのおぼしめしか!」。うれしかった。合わせて忘れかけていた、おじいさまや祖母の存在をはっきり心に留めておけるようになった。
 行くところすべてが同世代のご老人。多くの場合すぐにぼくは孫になれた。ご老人の多くは痴呆性と診断されていた。しかし、ぼくがお出会いする方々は勘が鋭く人情味にあふれていた。ぼくを僧侶として受け入れてくれさえもした。

 『看病用心鈔』の12条 (守秘義務)にあるように、
常に病人は夢で見たことや現実に思ったことを隠さず看病人に話す方がよいでしょう。また、病人から話さないのなら、こちらからていねいに尋ね聞くことをおすすめいたします。その話の内容が悪いときは一緒にお念佛などして懴悔し、慰め、勇気づけてさしあげます。あるいは良い話のときは、一緒に喜びを共有なさってください。善悪を問わず他言しないよう心掛けてください。

 ぼくはこの方々の呼吸、吐く息・吸う息に合わせながら、お出会いをくりかえした。今もそうです。

 ここで少し気分を変えて、中身をご紹介したいと思います。
 まず、この『看病用心鈔』を著されたのは良忠上人(りょうちゅう・1199〜1287)で、鎌倉時代の僧侶です。出身は現在の島根県那賀郡三隅町。記主(きしゅ)禅師とも称せられていて自らの学問や信仰について多くの書物を残しておられる。法然上人を元祖と仰ぐ浄土宗にとっては、この良忠上人を三祖として厚く敬っています。
 当時は末法思想というものが人々の心を暗く覆っていました。度重なる事件に自然災害と、暮らしを支える政治も不安定でした。社会生活の崩壊感は現世離脱的で刹那的な発想を促すこととなる。しかし幸いにもそんな中で、この世で「生きる」意味を問い、苦しみの原因についてじっくり考えようとする動きもありました。
 この『看病用心鈔』は、鎌倉時代、死に至る病となり、患者と看病人双方にある「どうしようもない」といった敗北感・無力感からの解放のために書き綴られたテキストです。行き場所を失った人に道を示す鈔録でもあります。
 では、現代語に直したものをいくつかご紹介致します。

(はじめに)
 佛教とご縁を結ばれ、そして看病に携わる方々に敬って申し上げます。
  私たちが極楽浄土(さまざまな苦しみに煩わされることのない世界)
に往生(往きて生まれる)するということは、最も大切な因縁(使命・つとめ)でございます。もしここで病人に、看病人のやさしいおもいやりや励まし、導きがなかったら、この最も大切な「往きて生まれる」ということは到底出来ないでありましょう。ですから、病人となった時は看病してくださる方を慈悲あるみ佛のように思い、また、看病人は子を思うような親心をもって、お側にいてさしあげるべきでありましょう。
この鈔では、知識ある看病人は、病人の心の動きをしっかりと把握できるようお努めになって、発病(とくに死に至る病)より命終わらんとする最後の日までの間の、看病人としての心得ておくべき事柄を記し申し上げます。

(第2条) 病人を取り巻く環境
 病室は常に清潔さを保ち、花などを飾り、ときにはお香を焚くなどし
て明るく落ち着いた雰囲気作りが必要です。ですから、あまり病人の心を刺激するようなものは避けてください。看病人も時間をみはからってお互いに交替して休息することも必要です。その際、病状が軽いからといって、おろそかにしてはなりません。人の命が終わるのは、ほんの一瞬のことなので目を離さないようにしてください。休息する時も病人の息が聞こえるぐらいの所にいて、あまり離れないようになさってください。夜になると病状が急変することがありますので、病人の顔色が確認出来るようにしてください。

(第6条) 死を覚悟するということ
 どのような病気や事故で、どのように命が終わってしまうかなどわか
りません。あまり私達の知る余地のない死や死に様についてあれこれと悩み、考え込んで心が乱れるようなことのないようにしたいものです。なぜなら、思いどおりの死は決して訪れないからです。戦争・火事や水害などにみまわれ命を失ったり、突然死などがありえるからです。日頃からもつべき信仰を持ち、生きる目的をしっかり持って、これらの備えとしたいものです。そしてその上で、心安らかにして、日頃からの信仰によって、自らがあこがれ願う次の世界へ旅立ちたいものです。ともかく、できるだけ日頃の生活の中で後悔が少なくなるよう心掛けて、自然に死を覚悟(受け入れられる)できるようにしたいものです。いつ訪れるか知れない重病や、耐えられない苦痛に襲われたとしても、さまざまな苦しみは、命終わるときにすべて解消されるのだと信じて、心乱れぬよう余命を大切にすごしたいものです。

(第8条) 遺言
 死後のことについては数多くの経典に説かれておりますので、これらをよくご参考ください。何といっても命終には念佛を称えながら静かにみ佛が迎えに来られるのを待つことが大切であります。そのためには病の身となっても、意識のはっきりしている間に「遺言などはないか」と、尋ねておくことをおすすめいたします。ただし病人自身の意志でしたら差し支えありませんが、こちら側から強要しないように加減してください。もしその加減を損ないますと心乱れる原因となります。できる限り死を覚悟できるようご配慮ください。

(第11条) 病人への接し方
 人は喜怒哀楽を常とし、腹を立てるなど、知らずと悪を重ねてしまう
ものです。まして、病に苦しむ病人については、とくにそうしたたしなみに欠けていると誤解したり、偏見や差別の目で見てしまうものです。ですが、ここは病の仕業と思い、たとえ、病人の態度が悪かったとしても、腹を立てて怒らないように気をつけてください。そういう時こそ親切で優しい心で接してさしあげるべきでありましょう。物事の善悪について直接言葉で表現するよりも、目配せによって行う方が好ましい時もあります。できる限り、良いことも悪いことも病人の思いにそってさしあげられるようお努めください。病人が言うことを聞かなくとも、無理に聞かそうとしたり、怒ったり、恨んではいけません。このことはなにも病人に限ってのことではなく、日頃の自分たちの生き方とも深く関わります。生涯にわたって身を慎むべきことでありましょう。いずれにせよ、心が乱れることによって再び迷いの世界(この世)に戻ることのないよう、そうした原因を的確に取り除いて、死を安らかに迎えられますよう接することが肝心かと存じます。

(第19条) 死後の処置
 病人の臨終が目前になろうとしている時、決して病人に触れたり、動かすことのないようになさってください。人生にとって最も大切なときをむかえているからです。わずかな空気の動きでも、心をかき乱してしまいます。ただ、「み佛が迎えに来てくださるのだ」という落ち着いた雰囲気で、より心が澄み渡るようにご配慮ください。また、臨終の後もできるだけ同様にし、2〜4時間といったしばらくの間は、騒がしくしないようになさってください。その間、この世界から次の世界である極楽浄土に往きて生まれるのでございます。さらに病人を静かに看護り続けてください。

(おわりに)
 これまでに述べさせていただいた事柄は、発病に際してあらかじめ心得ておくべき概略を箇条書きに致しました。これらを基にして、その他、必要に応じて適切な判断を冷静に講じつつ接してさしあげてください。以後は、とくにあれこれと生ずる迷いや悩みをできる限り振り払い、ひたすら病人が安らかに息を引き取れますよう念じてさしあげることを優先させてください。最後をむかえるのにあたり、言葉多くなるのを避け、かたわらにいてさしあげ、勇気づけ、心安まるようご配慮ください。あなかしこ。あなかしこ。

 尊くも素晴らしき看病人に幸あれ!
 命尽きるとき、「一人も漏らさず、迎えに行くぞ」とお誓いになられた敬うべき、み佛の願いが、私達の社会のすみずみにゆきわたりますように!

 ぼくはおじいさまや祖母をはじめ、生前を知る檀家さんや知人の死に接しながら、今も「生きる」ということに強い関心をますます寄せています。はたして「医療はだれのためにあるのか? 福祉はだれのためにあるのか? そして宗教はだれのためにあるのか?」をです。
 最近は、「お寺の出前の会」というのを立ち上げて、声のかかるとこには相手を選ばずでかけて行こうとしています。ぼくたちの学んだ佛教(佛さまのみ教え)は、お寺の中の法要儀式というものだけにしておくのはもったいない。なぜなら、消えることなく2500年もの歴史の中に、数知れず救われた・心癒された人々が存在するから。そして、その様子を詳しく伝え物語るお経が沢山残っているからです。ぼくたちは現在に抱えている様々な社会問題を解決する糸口を確実に見いだせると思っています。そういう「何か、この教えを社会に適した方法で伝えられないものか。」という思いから、活動場所をお寺に限定せず、あえて外に飛びだし、『出前』をしようと思い立ちました。

いにしえの 道を聞きても 唱えても 我が行いに せずは甲斐なし
(詠み人しらず)
合掌
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