大阪・生と死を考える会 分科会:大阪・ひまわりの会
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会報より、一部読み物を抜粋し掲載しております。
会報49号から・・・「巻頭言」「定例会」ほか
2015年09月27日
【巻頭言】 お彼岸を前に思う          会長  田端 一男

 今年も彼岸が近づきました。夏の盛りも過ぎ、もうこの時期になり、あまりにも早く月日が経つことに驚いております。
 太陽が真東から上がって、真西に沈み昼と夜の長さが同じになる、春分の日と秋分の日を挟んだ前後3日の計7日間を「彼岸」と呼び、この期間に仏様の供養をする事で極楽浄土へ行けると考えられていたそうです。忘れずに墓参りをしないといけないと考えているこの頃です。
 「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるように、この頃は一雨ごとに涼しくなってきたように感じます。 
 彼岸の頃は農作業の節目の時期でもあります。私は、家庭菜園で野菜作りをしていますが、今は、夏作と秋冬作の交代の時期です。これまで悩まされた雑草や害虫の勢いも衰え、夏作の後片付け、耕起と施肥を終え、天気とにらめっこをしながら、種まき・定植を始めています。
 種まきや苗定植後、欠かせないのが「間引き」で、成長に応じて数回行いますが、どれを間引くのか、いつも迷います。成長の悪いものを選んで間引くのが基本です。間引をしないと、共倒れになって全体が成長しません。間引けば、せっかく育った命を奪います。
 迷いながらも、手間をかけるのが面倒になり、いつも大雑把に、等間隔で間引く結果になっています。そして、ここまで育ってくれたことに感謝を込めて、間引き菜を全部食べるようにしています。スーパー等でベビーリーフとして売られていることもあるようですが、柔らかく美味しいです。
 同じように蒔いた種や定植した苗でも、その後の成長はそれぞれ異なります。また、成長の良いものを残す、理想的な間引きを行わなくても、成長の遅かったものでも、環境次第で大きく立派に育つことも多いように思います。
 人間は、生まれてから死を迎えるまで、喜怒哀楽とともに生きていかざるを得ませんが、自分の運命を当たり前に受け入れた上で、より良く生きるよう努めるのも幸せではないか・・・・野菜作りを繰り返す中で、どこか共通するものがあるように感じております。
 末筆になりましたが、この度、様々な経過を経て、会長の大役を務めさせていただくことになりました。もとより浅学非才の若輩者であり、前会長である故谷荘吉先生の足元にも及びませんが、先輩・会員の皆様のご指導とご協力を賜りながら、職責を果たせるよう努力してまいりたいと考えておりますので、何卒よろしくお願いいたします。
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【7月定例会】平成27年7月11日(土) 小松病院 松柏苑 会議室
話題提供:「死に臨む四つの立場」 水野正彦先生(当会顧問)

 この集まりの主題はグリーフワークと聞いています。谷先生もグリーフワークには力を入れておられ、多くの話をされていると思います。グリーフワークが必要になるきっかけは「別れ」です。今日は、その「別れ」について取り上げます。
 私が谷先生と違うのは、谷先生は内科医。私は脳外科医です。脳外科も第3次救急(救命救急)です。この地域ではなく、信州の方でした。第3次救急というのは、普通の交通事故とか病気で、高度の専門的知識を要する酷い状態なので、2次3次を飛び越してくる。従って、3次の救急というのは助かる人はほとんどいない。亡くなる人ばっかりというのが受け入れ態勢でした。別れはもう日常茶飯事です。患者さんが亡くなるのもたくさんあるのですけども、その家族の付き合いも私たちとしてはなかなか大変でした。そこから見たことで学びました。その立場で見ていくと「別れ」には4つあると思いました。
第一の立場(当事者)
 死がどんなものであったかは聞くことはできません。感じたり考えたりするのは脳の仕事ですが、脳は働いていない。考えたことを表現するのは身体の仕事ですが、身体は何もできない。臨死体験としていろいろ話があるけれども、よく聞くと、その方が死について勉強したり聞いたりしたことを復習してらっしゃる。文化の影響が大きくて本当のところは分かりません。
私たちは亡くなった方について、こころだとか魂だとかいのちだとか、いろんな表現をしますけれども、これもなかなか難しいことがかなりありますが、この四つの立場の中でその答えが、実は、出ているように思います。
第二の立場(家族)
 死に立ち会うというと何だか、横っちょに立っているようで、臨む、というのもこれも何だかちょっと違うのですけども、日本語としてなかなか難しい。適切な言葉がないので、臨む、という表現にしたのですけれども、この第二の立場の方は、亡くなる人との人間関係といろいろな思いで平静ではいられませんから、亡くなっていく方の経過を客観的に眺めるというのは不可能です。医者であっても、自分の家族が亡くなる時とても冷静ではいられない。医者であるというのは、患者との関係で成り立つことであって、家族と私の間は医者と患者の関係ではありませんから、医者としての視点はもうどっかへ吹っ飛んでしまいます。家族の立場は死を本当に眺めてはいないという実感があります。
第三の立場(哲学者など)
 人類の歴史が始まって以来、哲学者が「死」とは何かということを考えてきました。今でもそうですけども、生に対して死を対立するものとして取り上げている考察が多いですね。それは、黄泉の国とか、別の世界とか天国と地獄とかいろいろ表現がありますけれども、私たちが今生きている世界に対するもの、あるいは、私たちが立ち去ったときに行くべき世界として考えられています。いろいろありますけれども、その根本は、生に対して死を対立させるところから来ています。明と暗を対立させる考え、正と邪、いっぱいありますね。明と暗を対立させる考えは、実は人間がまだ火を持たなかった時代、洞窟の中は真っ暗でした。だからそこには闇があった。だけども人間が火を扱うようになって洞窟の中に火を持って行ったら、そこの闇が消えた。逆にみると、バケツ1杯の闇を持って行ってそこら辺にまき散らしたら真っ暗になるとは誰も思いません。カーテンを閉めたら光は来ない。そして闇になる。生と死に関しても同じような考えで見ていたように思います。明に対して暗があるというのと同じように、生に対して死があるという考え方は医療の現場でもあり、「死に負けた」という話の進め方があります。これは医者の立場としたら随分楽なんですね。「一生懸命やったけれどもだめだった」「死にはとても勝てませんでした」と言っておればいいわけですから。ある意味楽かもしれませんけれども、私たちの救急の現場はなかなかそうはいかないのです。
第四の立場(救命救急現場の医師)
 救急の現場は、救急車で運ばれた患者さんはたいてい重症です。生きるか死ぬかの状態で運び込まれる。中にはもう呼吸も止まって脈さえ怪しいという人もおられる。そういう人に対しての処置の第1は人工呼吸です。私たちの身体は、酸素が十分供給されていれば身体の組織は何とか働くことができる。それで、何はさておき心臓を動かすことが出来るように、人工呼吸器を使います。人工呼吸器は人間がすることを代わりにやってくれますけれども、それは、例えば、私が生きていて、自分で呼吸をするのを 器械が代わりにやってくれます。私自身が呼吸しろと命令を出さなくっても器械が勝手にやってくれます。第一段階の蘇生の仕事がそこで始まるわけです。そして、身体の状態をしっかり診察して、それに対する対策を考える。頭で考えて手で実行する。処置に対する患者さんの反応を次の手を考えまた処置をする。要するに患者さんは私の手の上に居るわけです。手の上に居ながらそれまで何とか持ちこたえていたのがだんだんと様子が悪くなっていって結局亡くなってしまう。そういう立場が第四の立場です。これはなかなか哲学者には分からないのです。生が終わる過程を知らないで、いわば完成した死を考察の対象にしているからでしょう。医者でも全部の医者がそういう場面を実感するわけではありません。それは 医学は生きている人に対してすることであって、亡くなった患者さんに何か処置をするとお巡りさんがやって来るがだめならもう知らない。それが医学の基本的な立場です。手の中で患者さんが亡くなったことに対して、私たちは死に関しての当事者責任を感じるのです。当事者責任というと何か処置が悪かったから、判断が間違っていたからその責任をとれと裁判になりそうですけどもそうではなくって、患者さんの死の経過が全部私の手の上にあった。私はそれに対して手を触れたり処置をしたことで当事者責任を感じるのです。最後に医者が死亡宣告します。これはどんな場合でもそうですけども、医学はここまでですよ、ここから後は私たち医者は知りませんよという合図です。その時に大事なことは、死という条件を満たしているからこの方は亡くなったという判断をするんじゃなくて、「三兆候」と今まで言われてきたこと、目に光を当てて瞳孔が縮む・呼吸をしている・音に対する反応があるか調べて、それらがない、生きているならあるはずの反応がもう総て消えている、だからこの方はもう生きていない、と診断をするのです。死は生きていない状態の表現にすぎません。生きていればあるはずの兆候が総て失われていることを確認しているのであって、死の基準を満たしていると確認しているのではありません。第四の立場で経過を見ていると、死が生を奪うとか、死に侵されるなどの表現は、文学的・感情的表現であることに気づきます。亡くなっていく患者さんとの関係で、私はこういうふうに感じてきました。

第四の立場で見つめている死について(死の経過について)
 死の経過をもう一度見直します。これも4つあります。一番多いのが自然死とか三兆候死と言われているものです。これはごく自然な亡くなり方です。 一番多いのが天寿を全うした死です。天寿を全うとは言えないけれど老衰でいろんな病気があって亡くなる、そういった場合もこの中に入るかもしれません。そういう患者さんを診ておりますと、それまで元気でいろんなことをしていた方が、だんだんと体力も落ちてくる。寝てることが多い。しかし、寝てはいるけれど、たとえば「お茶飲む?」と聞くと「いや、コーヒーだ」。そのコーヒーも「ブルーマウンテンの濃いやつ、しかも熱いの!」とかいろいろ注文がつく。寝ていて何も出来ないけれど、注文はしっかりとつける。その人がその人であるというのがはっきりとする時期です。時間が経ってだんだんと意識が薄れていって、「お茶飲む?」「うん」「何がいい?」「うん」その人がその人であるという表現がだんだん淋しくなっていく。返事はするけれどもそれ以上の意思表示がない状態です。家族はそれまでいろいろと注文のうるさかったおじいさんが、あるいはおばあさんが何にも言わなくなって、ただス〜ス〜と寝ているだけになってくる。それまでの経過と、年齢のことも考えて「ひょっとしたらもういけないかな?」と予感をする時期です。これは、三兆候死とか自然死とか言われている、死に立ち会った家族はそれを感じていると思います。これは実際に在宅で往診している時あったことです。福井県の小浜に居た時で、私たちが往診に行ったら「いよいよ駄目かもしれんよ」と家族が言ってました。診察すると確かにそうです。それとなく心の準備をする時期。ひょっとしていけないんじゃないかと感じている。そのうちに今度は意思表示も全く消えてしまって、痛いことをしても何の反応もしない。やがて息が乱れてきて、普通はス〜ス〜と吸ったり吐いたりの息は規則的なんですけども、それが深く大きい息になって止まってしまう。でまた小さな息から始まって大きな息になって止まる。そういう呼吸の仕方は特別な名前もあるのですけども、末期の時の呼吸の中枢がだんだん働かなくなってきたときの特徴的な呼吸です。そうなると脈も乱れてきます。家族はその時は「やっぱりだめか、もうだめだな、いよいよ死期が迫ったな」、と予感をする時期です。これはもう経験のある方もいらっしゃると思います。その時期は、私たちの身体といのちと意志、その人がその人であるという関係を示しているように思います。このことは難しくて哲学や宗教などいろいろな考えがあるので、一概に簡単な話は出来ませんから、今日はそこは伏せておきます。一般的に、医学的に見ていくと、まず第一に、わたしがわたしであるという意志を表現するのは、私が生きていなければ出来ないことです。私が生きているということは私の身体にいろんな生命現象があるということです。その生命現象を維持しているのは「いのち」があってのことなんですけども、「いのち」だけで、「わたしがわたしであること」は出来ない。何かその上のものがあるか、「いのち」と「わたし」が「わたしであること」とは、ひょっとして重なっているのではないかという予感もあります。これは先の話題として今日は残しておきます。
 患者さんの状態はしばらくすると呼吸が止まって脈も止まります。呼吸は、大脳の下にある脳幹というところが命令を出していますが、その時吸ったり吐いたりと胸が簡単に動くだけではなく、喉が開いたり鼻のあたりも開いたり、横隔膜が下がったりいろんな筋肉の働きが一斉に調節をしながら動くからうまく呼吸ができるのです。その働きというのは人間特有のものではなくてペットの犬も猫もやってますし、さらに元をたどっていけば今石垣の上で日向ぼっこをしているトカゲもやっているのです。要するに生物がいのちを持った、呼吸をするものはみんなそういう働きを持っている。そういうものが働かなくなってしまうと呼吸が止まります。
 呼吸が止まると、私たちの体の中に酸素が入って来なくなる、酸素が入って来なくなると心臓が一生懸命動いても酸素のない血液を体中に配ることになります。体中の細胞は酸素がないと働けませんから、だんだん駄目になっていってしまう。何より真っ先に心臓が駄目になって働けなくなってしまって止まる。呼吸が止まると心臓も止まる。その時にわざわざ医者を呼ばなくても、家族は、ああ亡くなったなぁ、と実感している。医者が来るというのは要するにその後の手続きの都合で来るわけですね。医者に診せないで亡くなったからと言って葬式をするわけにはいかない。いろんなことがありますから、まず医者を呼ばなくてはいけない。医者がやって来て診断をする。診断は、さっきも言いましたように「死に当てはまる」ことではなくて、「生きているしるし」が全部もう認められない。終着点です。いのちが終わった状態を「死んだ状態」と言ってることに過ぎないのです。そういうふうな自然な経過以外に、「人が死ぬ」状態にはいろんな形があります。
 一つはいきなり脳がもうぐちゃぐちゃに壊れてしまって運び込まれてくる人。脳の働きがもう一切ない。脳の形というのは、大脳と脳幹、小脳とかいろいろありますけども、大きく分けると大脳と脳幹と言われる構造があります。大脳は私たちが考えたり感じたり想像したりいろんな人間らしい働きをします。これは程度は違うけれど、犬でも猫でもあることです。脳幹と言うところは大脳が無くなっても身体の働きを維持するために働いています。脳幹も大脳も壊れた状態で運び込まれた患者さん、呼吸の働きを人工呼吸器を使って器械で代行している。したがって器械が止まらない限り、あるいは体の中の代謝などの条件が悪くならない限り心臓は動いています。そういう状態を『脳死』と言ってるわけです。脳はもう一切二度と戻らない状態。潰れてしまっている。だけど心臓は動いている。心臓そのものは自分の力で動くのですけども、それを動かす命令を出すところはもう働いていない。酸素の補給は、身体が命令しているのではなく器械が勝手にやってる。そういう状態です。つまり人としてはもう何にも働いていない。心臓が動いているだけなのです。心臓は、条件が良ければ人間の寿命一杯動き続ける可能性を持っています。そういう状態を『脳死』と私たちは言っています。『脳死』に関しては立花隆が30年ぐらい前に文庫本で2冊も書いて、いろいろ議論されたことがありました。
 その時、私たち救急の現場の者が思ったのは、『脳死』と言うのはわたしがわたしである、あるいはその人がその人であるということと、身体の関係、いのちの関係というものを、ちょうどコマ撮り写真のように示しているのではないか、そんなふうに思いました。しかし偉い人たちは皆、生と死を対立するものとして考えていたり、極端な人は細胞が生きている限りその人は生きているんだという議論があって、それがまた幅をきかせていて前へは進みませんでした。
 そういう言い方をすると、例えば心臓移植をした時に、「誰が生きているのでしょうか?」例えば私の心臓が駄目になってしまって移植をしなければ生きていられない。向うには脳死になったAさんがいる。Aさんは一生懸命人工呼吸をしたり栄養補給をしたりしてみたって二度と戻ってこない。心臓だけ動いている。そういう状態の心臓を貰って来て私にくれる。私の心臓は近いうちに止まってしまうからこれは駄目だし、使いものにならないので捨てます。そうすると私の体の中に入っているのはAさんの心臓。身体は私。私の心臓は向うに捨ててある。心臓が生きているならその人が生きているんだという言い方をすると「わたしは誰?」。心臓さまを大事にすれば私と違う。だけども喋ったり考えたりするのは私である。この「わたしがわたしである」と言うのが何かと言うのはまた別の話題のときに機会があれば取り上げますが、脳の働き、脳死の人は脳がありませんからそういうころはすっかりなくなっています。
 心臓の働きのことでちょっと脱線すると心臓は私たちの身体の中にあるけれども、働きとしては独立しています。心臓自身に自分のリズムを決める装置があります。そしてそのリズムを決める所から神経が心臓全体に張り巡らされ、心臓には4つ部屋があるんですけども順番に調子を合わせて働かせる力を持っているのです。脳幹の方は心臓のリズムを他のところの状態に合わせて早くしたり遅くしたりという命令を出すことはありますけれども、心臓を止めることは出来ません。私たちはそうですね、息を止めることは出来るけれども心臓を止めることは出来ません。それは心臓は独立した働きとしてずっと動き続けているからです。呼吸もそれに近いことなのですけれども、今は心臓のことだけにします。
 本当にその人が生きてるのかどうか、これはなかなか難しいですね。この状態を私たちは『脳死』と言います。
 もう一つの形、それは、最後まで意識が保たれている状態です。心不全・胃潰瘍・がんなどで、身体がすっかり衰弱してしまっているが意識ははっきりしている。難しいことも適切に答えてくれるしいろいろ教えてくれる。話をしてくれる。その人がその人であることがしっかりとしている。でも身体はそれについて行かない。寝たきり、そういう状態が第3の形です。こういう人たちは心臓が止まるまで意識があるのが普通です。テレビドラマでよくある「いろいろ世話になったなぁ、ありがとう」そしてスッと息を引き取る。ドラマですからそういう風にしないと話が持てない。生きているか死んでいるか判らない状態になって、それだけで半日もかかったらどうにもなりませんからあんな風になるんでしょうけども、大事なことは、わたしの身体と意識といのちとその関係を示していると思います。脳は健全で、その人がその人であることを表現する力を残しており、脳幹は身体の働きを維持しているが、身体がその指示に応えられず「そのひと」が「そのひと」である表現を出来ないだけでなく、身体の維持すら出来なくなり「そのひと」がそこに留まれなくなって生を終わっているのです。
 第3の形は身体がもう衰弱してしまって、脳幹の方から呼吸をしなさいという命令が来ても身体がそれについて行けない。食べなさいという命令が来て食べようと思ってももう口も動かない。仮に食べたとしても消化をしない。こういう風に身体がもうその人がそのひとであるための命令について行かない状態になって、そのうちに身体が駄目になってしまうから、その人のよりどころが無くなってしまい「そのひと」は消えてしまう。私たちは、わたしがわたしである、その人がそのひとであることが無ければ表現できません。表現しようと思ってるかもしれないけれども、身体が無くなってはもう表現出来ません。それが第3の形です。
 第4の形は、上のどちらでもない、植物状態と言われている形です。時々「植物人間」と言う方がおられるが、人間が植物になったわけではなくてそういう状態に陥っている、中にはそこから戻る人もあります。その人がそのひとだと表現出来ないけれども、そのひとのよりどころである身体はしっかり働いている。意志による動作はありませんから、例えばお腹が空いてご飯を食べよう、といったことは全然ありませんが、食事は管を使ったりして、入れればきちっと消化して身体はそのまま維持されていく状態です。これはその人がそのひとであるということを表現出来ないということだけが問題で、その原因の第1はその人がそのひとであることを表現する大脳が壊れている場合です
 大脳が働かない原因はいろいろあります。私たちが何か話を聞いて、あるいは質問されて適切な答えが出来るのは、まずその言葉、例えばAさんの「コンニチワ」を耳で聞いて、その信号が脳へ伝えられ、脳の中でその音の並び方から日本語の「今日は」であると分析する。そしてAさんについての色々な記憶とその場の状況などを組み合わせて浮かんでくる沢山の返事の中から「今日は 何処へ行くの」が一番相応しいと言う答えが出たら、それを発声するよう身体に指示する。そこで、身体は適切に働き(息を吐いて音を出す、口や舌を適切に動かして声に直す、同時に、表情や身振りもそれに相応しく動かす)頭の中で決定したことを表現する。そこで、Aさんには「こんにちは、どこ行くのの?」という返事が聞こえてくる。それを私たちは瞬間的にやってるわけですね。その瞬間的にやってる経過のどこかに故障があるとわたしがわたしであることを表現証明出来なくなる。その状態を「植物状態」とまとめて言っているのです。
 細かく、どこが働かないと植物状態になるのかというのはなかなか難しいです。ただ一般的には、聞いた音が解からない時には失聴ですし、聞いた言葉が音としては聞こえているけれども、その繋がりが日本語として解らなくなったら、「コンニチハ」という音は聞こえているけれども、それが日本語の「今日は」であることが解らなくなってしまう。失語症ですね。
 考えることが出来ない。これは大脳の働きの故障で、いろいろあります。
言葉に直す時に、頭の中では「こんにちわ」という言葉が出ている。でもそれを出そうとしても、それを口の音に直すところが働かないと言葉として出ないそれは失語症です。
 そのような部分的な故障ではなく、大脳全体としての働きを示せないが脳幹は働きを保っている。従って生命現象維持には支障がない。そう言う状態を植物状態と言っていますが、部分的な故障がいくつも重なって、植物状態と診ていた方が「その人がそのひとである」働きを保っていた例がありました。
 栄養は胃瘻といって胃に直接管をいれて(昔は鼻から入れていたんですけども、鼻から入れるとその通り道に潰瘍が出来たりするので)補っていました。排泄も自分では解かりませんから、それなりの処置をしている。そういう状態でずっと何カ月も経過していたおばあさんが、孫が来ると涙を出すのです。偶然それに気付いた人がいました。初めは、たまたま虫でも入ったんだろうかと言ってたんですけども、他の人が喋っても何にも反応がないのに、孫が来た時だけ涙を出す。そういうことがありました。そうすると「植物状態」って何か、単に脳が全然働かなくなった、そういう人が多いのです。脳梗塞とか脳出血とか、それ以外にも形も働きも何ともないけど、自分が自分であることを表せない。そういう状態があるんだと現場で感じました。大雑把に言ってそんなことがこの第四の立場から見えてきたことです。
 一つひとつのことについて言うと、例えばいのちとは何か?死んだ人はどこに行くか?たくさんの問題があります。それは谷先生とも充分にお話なさったことだと思いますが 死に臨む四つの立場とか、4つの形があるというのはあんまり言われないことなので話題提供として出しました。


 今日は意見交換を中心に進めました。水野先生の具体的な解り易い現場の話題提供でした。現場の事実のお話に皆さん引き込まれ、また、普段何となく解ったつもり、あるいは解らないままにしていることを改めて考えさせられ、本当に活発な意見交換がなされました。わたしが生きているということはどういうことか、今回はこうした意見交換の様子も話題提供のお話以上に内容のあるものでしたが、紙面の都合上省かざるをえないのが残念です。
また定例会終了直後に、水野先生より丁寧なメールをいただきました。

『毎晩、予行演習をしていたのが逆手になり 原稿から先走って元へ戻れなくなり言おうとしていたことがいくつか抜けてしまいました。
シリーズとしてとのことですが、一連の主題は在りませんので理事会の方針に従おうと思います。ご指示があれば準備いたします。
参加者の話題からは、延命処置についての話題(具体的には人工呼吸や経管栄養などの処置は、単なる延命処置にすぎないのか)がいくつか出てきそうに思いました。終末期の医療で、ある処置を話題にする時、医学的になぜそれが必要なのか、なぜ続けなければいけないのか、その患者さんについての議論が抜けているように思います。そのあたりを詰めてゆくとすっきりできる話題があるようにも感じています。』

今後の一連の水野先生のお話が楽しみです。 

水野正彦先生のお話は明快有益でありました。加えて質問者とQuestionsに対して、実に懇切丁寧にお答えして戴いて、お人柄が床しくて、心から深く感心感銘致しました。有難く厚くお礼を申し上げます。
                          ( 南 高志 )

「脳死」と「植物状態」の人間との違い、そして認知症がからんで、非常に参考になりました。
                          ( 匿名希望 )

水野正彦先生、貴重なお話をいただきありがとうございました。私はホスピスの傾聴ボランティアを9年間大阪で、5年間京都で継続しています。 
末期がんの人の苦しみの中に、アイデンティティをなくす苦しみというの があります。先生の言われた死の表現の中に、生きているとは、私が私であるといえる状態、植物状態の中で二度と戻れない時、生きていると言えるのか。アイデンティティを表現できない人間の苦しみをどう寄り添い、どう受け留めていくのか、大きく考える1日でした。スピリチュアルな苦しみを持っている時は、まだ生きているという事だ。
                          ( 安井 潔 )

本日もありがとうございました。今日初めて水野先生とお会いしまた。笑顔がステキな先生です。とっても優しそうです。脳死と植物状態の違いを解りやすく説明していただきよく解りました。
                         ( 水谷 治子 )

水野先生のお話、遅刻してもったいないことでしたが、拝聴して心から共感致しました。とても深いところまで素人の私にもとても解り易くお話いただき「生と死を考える会」に相応しい内容であったと思います。
「生と死」については少し先生もおっしゃっていたように、対立概念ではなく、また今まで近代科学が無視もしくは軽視してきた「個としての」生と死の意味についてお話くださり、これからももっとたくさん教えていただきたいと思いました。長い間、会の方は参加出来ずにいるのですが、今日、思い切って参加させていただき本当に良かったです。「生と死を考える会」のことこれからもよろしくお願いいたします。幽霊会員の私が申し上げるのは恥ずかしいのですが・・・。
                         ( 高本 順子 )

「わたしが生きている」とはどういうことか、心臓移植をした時、「だれが生きている」と言えるのか、という問いかけは衝撃でした。これまで私が話したり考えていた「死」は、あくまで第三の哲学者などの立場(わたしの大学の専攻は哲学でした)で、生が終わる過程を知らないで、いわば「完成した死を考察の対象」としていたんだ!この気づきは大きかったです。「生と死を考える」、というのはあくまで、「考察の対象」ではなく、「わたしが生きる」現実の日常の日々での「わたしがわたしである表現」をし続ける(過程)ことだと改めて実感しました。水野先生(救急現場の医師たち)が見てこられた現場の死(死にゆく過程)のお話から、私自身の「生と死を考える」視点が広がり、「生と死を考える」際に感じていた、ある窮屈さのようなものが軽くなった感じです。
                          ( 匿名希望 )
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【第8回遺族会ネットワーク交流会】(5.31)

 今回は、さまざまな立場から遺族会の運営にかかわっていくための情報の共有を行いました( ハートンホテル北梅田 13:30〜 )。
 発表者は、石倉紘子(ひろこ)氏。(自死遺族サポートチーム)こころのカフェきょうと(http://kokocafe.org/)代表。全国自殺対策民間団体ネットワーク委員。夫を自死で亡くしたご遺族当事者でもあります。-遺族に寄り添う-こころのカフェきょうと、をテーマのお話のあと質疑応答がなされました。

 遺族会の運営形態は、大きく分けて、遺族によって運営される「自助グループ」と、専門職や市民ボランティアによって運営される「サポートグループ」がありますが、発表者が代表を務める「こころのカフェきょうと」は、遺族当事者を含むさまざまな立場のボランティアで構成された少し珍しい対応のサポートグループと言えます。スタッフの数も、17人という大所帯です。さまざまな立場のスタッフをどのように育成していくのか、その方法や人選のポイント、立場の異なる人材が良好な関係を保っていくための秘訣などについての発表でした(当日の発表要旨より)
 遺族会、といってもそれぞれに大切な人を喪った背景(自死、過労死、難病、事故、小さな子どもの死など)は異なります。今回は、自死遺族としてのお話でした。ここしばらくは少し減ってきてはいるけれど、若年層の自殺が増えているとのことです。自死遺族の方たちの生きにくさ、ということに心が痛みます。今の日本社会の自殺に対する考え方(偏見・誤解・無理解・先入観など)により、残された家族は社会的にも家族内でも孤立する実態です。安心して生きることができるためには、どんな社会にしなければならないのだろう?私自身も自殺予防の活動をしているので、「自殺はゼロにすることは難しいですが、減らすことはできます」との言葉や京丹後市の自殺対策の事例の紹介に励まされました。

NPO法人自殺対策支援センターライフリンク(代表:清水康之氏)は、「自殺対策全国民間ネットワーク(70団体)」の代表として、「自殺のない社会づくり市区町村会」と合同の研修会を開くなど、住民に最も近いネットワーク同士の連携のつなぎ役を担っていただいています。
清水代表は、「自殺の要因は決して一様ではなく、対策に万能薬はない。
『3万人』という数にとらわれがちだが、その一人ひとりが、誰かにとっての『1分の1の存在』であり、そのことを私たちは片時も忘れてはならない。」と話されます。
また、スローガンである「生き心地の良い社会」とは、「誰もが自分自身であることに納得、満足しながら生きられる社会」であると定義されています。
            「京丹後市自殺のないまちづくり行動計画」より
(file:///C:/Users/mei/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/2GS7BPWH/plan.pdf)

 発表のあと、グループディスカッションで、参加団体それぞれの活動状況について報告や意見交換をしました。より実際的具体的な話し合いがなされて、今後の活動への励みとなりました。
           *遺族会ネットワーク(http://izoku-net.com/)
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【VHO-net関西学習会】(8.2)
 たかつガーデン(大阪市天王寺区)で、10:30〜17:00の1日学習会でした。
午前は、プラダーウィリー症候群の親の会である竹の子の会・東尾雅史さんの模擬講演「プラダー・ウィリー症候群について〜尚子との30年〜」でした。患者・家族が語る(講演)際のポイントを皆でチェックするというものです。
プラダーウィリー症候群とは
 プラダーウィリー症候群(以下PWSと表記する)は、新生児期の筋緊張低下および哺乳障害、幼児期からの過食と肥満、発達遅延、低身長、性腺機能不全などを特徴とする症候群です。発生頻度は10,000ないし15,000人に1人と考えられています。
 過食はPWSの主な症状で、その原因は満腹中枢の障害に起因すると推測されています。いくら食べても満腹感がなく空腹状態で、しばしば盗食が見られます。運動能力の低さなどから体重は増加の一途をたどり、20歳頃から糖尿病になる確率が高くなります。過度の肥満は睡眠時無呼吸症や、高血圧、動脈硬化などの症状も引き起こします。
 PWSは年齢とともに症状が変化するのも特徴の一つです。幼児期は人なつっこくてかわいいのですが、次第に執拗さ、頑固さ、こだわりや思い込みが強くなり、周囲とのトラブルが多くなります。かんしゃく等の感情の爆発や、状況によってパニックを起こします。また放浪癖がみられることもあり、性格や行動の問題が年齢とともに強くなります。皮膚を引っ掻くのもよくみられる症状です。うつ病や神経症などの精神障害をきたし、薬物治療を受けている例もあります。          (会のパンフレットより)
 話の内容もさることながら、プラダーウィリー症候群行動のわが子と向き合ってこられた30年を語られるお話しに、東尾さんの生き方を感じました。講演の中「患者と家族を生涯にわたり悩ませるのは、性格障害、異常行動である」ということを何度も話されました。こうした「深刻な」現実に対して語られる言葉やふるまいにも「ユーモラスで豊かな」もの、そして強さを感じました。これは、この学習会に参加されているどの方々(当事者、その家族)からも受ける印象でした。
 午後は、グループワークでした。これまで継続して行われてきた、模擬発表の技術向上のための「患者・家族が語る講演のポイントチェックリスト」の検討。皆に解ってもらえるための講演をどう創るか。そのことを真剣に、しかし明るく課題を共有し共に解決をめざしている方々を見ていて、私自身の中にある、「難病・障がい」という言葉のもつ社会一般のイメージ(偏見や差別や無関心に表れている否定的なもの)が揺らいだ一日でした。
 最後は、各会(それこそ、それぞれがさまざまな疾病・障がいの当事者や家族)からの情報交換や感想が述べられました。この時間も私にとっては学ぶことが多くて、ほんとうに頭がパンパン!!!ともかく、みなさんが元気!!!

 帰宅してからもこの日学んだことや、出会った人の言葉が残っており、今は「難病」をめぐる状況について勉強を継続中です。医療費助成の対象となる疾病(指定難病)数(平成27年7月1日より306疾病に拡大!)や、その症状(一覧表を見ても、どのような症状なのか全くわからない病名)に圧倒され、その「難病」を生きる当事者、家族の方々の生き方に感動しています。
 「大阪・生と死を考える会」も、これからこの関西学習会の一員として学ばせていただきます。できることは何か? 会員の方々と協力し取り組んでいきたいと思っています。
 いろいろと調べている際に素敵な言葉に出会いました。

    「自立は、依存先を増やすこと
     希望は、絶望を分かち合うこと
     絶望を分かち合うことができた先に 希望があるんです」
                 (NPO希少難病ネットつながる)
          *VHO-net(http://www.vho-net.org/)
          *竹の子の会(http://www.pwstakenoko.org/)

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【東日本大震災後の生と死を考えるG】
 
「東北大震災」から、はや4年目。本会では、これからも、未曽有の大災害と原発事故という未だかつて体験したことのない災害で、被災された方々が今も味わい続けている苦しみ・痛みをともにし、ともに考え、ともに支え合い助け合っていきたいと願っております。そうした思いの交流や情報の共有を今後も継続していきたいと考え、このコーナーを設けました。このコーナーにもみなさま方からの投稿・寄稿、情報提供をお待ちしております。

 4年目の夏。マスコミからは、東日本大震災・原発・福島、などの話題がめっきりと減ってきたと感じる最近です。凄惨な事件・事故、人々の関心を集める出来事が、それこそ毎日目まぐるしく次から次へと報道され、私たちはその都度そうした出来事(情報)に心が強く揺さぶられます。しかし、東北の方々の苦しみや痛みは、こうしている今も確かにあり、そして、何より、今もって「先が見えない」中での生活が続いていることです。こうしたことを改めて思い知ることになった、今も福島で暮らす女性のお話を聞きました(8.23)。

 講師は鴻巣(こうのす)麻(ま)里香(りか)さん。ソーシャルワーカー・カウンセラー。震災後は被災者・避難者の心のケアを行い、『ふくしま心のケアセンター』他、行政機関などの心の相談室で相談活動を行っておられます。原発事故を経験した福島に暮らす母としての率直な心境を綴った詩『私がふくしまに暮らすということ』がFacebook上で大きな反響をよび、11か国語に翻訳されました。私は、この詩の事はこの日まで知りませんでした。
 震災後の福島に暮らすリアルで素直な声と心の揺らぎを伝える講演「ふくしまのおんなこども」を続けておられます。この講演は原発事故を経験し、さまざまな実質的被害を被りスティグマを背負った、ふくしまに暮らす人々の言葉をただ伝え、その言葉のエッセンスから、「自分とは違う気持ち」「他者の痛み」への想像力を参加者とともに共有するというものです。ふくしまで暮らす人々の「ことば」だけが次々に伝えられます。

・区切りをつけてほしい。どんな悲しい区切りでもいいから
・空気には境界線はないのに、同じ町なのに、こっちは帰れるがこっちは帰れない
・どうせ長生きできない。放射能なんて関係ない。どうせ死ぬならふるさとで死にたい。こんな場所で死にたくない。
・話して何の意味があるの?話してもしゃあない。
                                               
 ひとつ一つのことばは、その人の生活、その人の人間としての尊厳が傷つけられていることへの精いっぱいの深い深い怒り、無力感、情けなさ、やりなさの表現です。
殺風景な避難所の部屋。とても寒い日。小さなコタツのみ。窓にはカーテンもかかってない。何もない。荷物は部屋のすみにダンボールに入ったままのお年寄り。
 「帰れないってはっきりしたらいろいろ買ったり片づけたりするんだけどねえ・・・」
どんな時にも窓を開けない。どんなに暑くても。
海沿いから避難してこられた方。
 「窓を開けても潮の香がしない、波の音が聞こえない。それが辛い・・・・」

 いまだに福島の避難者数は11万人。東北全体で20万人ですから、福島はその半数が、今現在も避難生活を余儀なくされています。今も続く孤独の中で自死される方々、故郷に帰りたい思いが叶わなかったお年寄り、震災後復興のために尽力されてきたが見通しもたたず疲労困憊し、経営もたちゆかなくなり一家心中した医療者、など・・・・。これらは報道されることはないのです。
 私が知らない、ということは、こうした事実がない、ということではない。被災された方々のこうしたことばを忘れない、今の私にはそれしかできないけれど、今自分にできることはないだろうか?と問い続けたい。
 ご自身は、現在は、離婚され、脳腫瘍の手術を経て、ふくしま心のケアセンターを辞職され、さまざまな生きづらさを抱えた人々の居場所つくり(KAKE COMI)を始めておられるとのことです。
               *詩「私がふくしまに暮らすということ」
    (https://www.facebook.com/rokurapu/posts/552833931435409)
            *プロジェクトKAKE COMI(カケコミ)
                    (http://www.kakecomi.org/)










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